リバーフロント研究所 /研究テーマ /多自然川づくり /2024年 欧州近自然川づくり調査報告
今日は、「グリーンファイナンス」がキーワードです。 グリーンファイナンスとは、環境だけではなくて、治水も入っているので、いわゆるアダプテーションファイナンス、適応ファイナンスの意味も含んでいます。 また、「官民連携」、「パートナーシップ」もキーワードです。 イギリスは、90年代は河川管理者が河川事業をやっていましたが、今はかなりの割合はパートナーシップで河川管理をやっています。 そのファイナンスも、公共事業費だけではなくて、公共、民間、投資家からの様々な資金をブレンドして、いわゆるブレンディッドファイナンスにしています。 これは、世界的な傾向だと思うので、ぜひ今後の日本の行政にも活かしてもらえたらと思って話します。
流域治水は災害時だけではなく、地域経済とか自然環境への寄与も重要です。 今日は、グリーンインフラを活用した流域治水(最近の言葉では流域総合水管理になるかもしれませんが)をメインにお話しします。
イギリスの自然洪水管理(Natural Flood Management)は、日本語で言えばまさにグリーンインフラを活用した流域治水ということかと思います。 そして、グリーンファイナンスは、様々なファイナンス手法を活用しているので、官民連携の流域治水にも非常に参考になるのではないかと思います。
ワイヤ川は、ブリテン島中央西寄り、リバプールやマンチェスターの近くにあります(図1)。 流域面積は450km2、下流には都市があり塩性湿地もあります。 河口部には、貴重なアトランティック・サーモンやヨーロピアンスメルトなどが生息しています。 中上流部には高い山はなくほとんど牧草地になっているイメージです。
ここでは1/50規模の洪水を20年間に4度も被り、それを契機にして自然洪水管理が始まりました。 ワイヤ川流域は、保全対象もそう多くないので、本格的な治水事業は難しい。 なるべく低コストな治水をやろうということで、グリーンインフラの活用、自然洪水管理を実施することになりました。
自然洪水管理は2010年頃からイギリスで始まり、このワイヤ川では、上流域100km2のうち約70ha(0.7km2)のエリアに浸透や貯留の小規模な対策を1,000以上実施しています。
自然洪水管理(図2)の手法には全部で14くらいのメニューがあります。 例えば、小さな自然再生のように、木の小さな堰をいっぱい造って流れを遅くするリーキーダム、また、イギリスは草原が多いので、日本と違って木を植えると降雨遮断や流水阻害になります。 グリーンインフラ的に都市に緑を増やすとか、生け垣のようなグリーンの帯を造ることで斜面の流れを緩やかにするヘッジローもあります。
ワイヤ川流域では、先ほどの70haとは別に39haの森林造成も実施しています(図3)。 70haの内訳は、リーキーダムが1,700箇所、窪地・池が42箇所、ヘッジローが10kmほど。 他に、泥炭や草地の再生です。 目的は洪水対策だけではなくて、浸透を増やすことや脱炭素もあるので、これらもメニューに入っています。
リーキーダム(図4)は手作りですが、技術基準もあります。 ミニ砂防堰堤ではないですが、上流からの流れを堰上げて遅くします。
植林(図5)は、苗を植えるときに筒に入れて植えています。 現地は草原が広がっているので、植林の治水効果はあると思われます。
ヘッジロー(図6)は、イギリス映画の草原にある生垣のようなものです。 十勝平野の防風林のイメージでしょうか。 動物のすみか・通り道になっていて、エコロジカルネットワークを形成しているそうです。 第二次世界大戦直後は48万kmもあったのが、現在では大きく減少しています。 ヘッジローは、生態系にも効くし、斜面の流れの阻害にもつながるので、いま、積極的に再生されているそうです。
窪地(図7)は、英語でscrape(削る)と言います。 大きなものから小さなものまでありますが、流域でたくさん実施しています。 小規模なものをたくさんやる、しかも、小さいものまで効果を定量化し、論文にもなっています。 また、多機能性を持たせています。 洪水対策にもなる、窒素、リンを除去できる、水質浄化対策にもなる、炭素蓄積にもなる、水源涵養にもなる。 湿地になるので生物の生息場にもなります。
対策の効果(図8)は、ワイヤ川流域では様々な研究が行われていて、最大10%のピーク流量カットになると言われています。 また、炭素蓄積は、32,000本の植樹によって16,000tCO2/100年となっています。 乾燥した泥炭はCO2を多く出しますが、湿ると出にくくなるため、泥炭の湿地化は、温室効果ガスの削減に繋がります。
ファイナンスは複雑で、最終的にお金を払うのは、河川管理者、地方自治体、洪水の再保険会社、上下水道会社ですが、起債、ボンド(債券)を発行していて、ボンドを投資銀行や個人の富裕層が購入します(図9)。 ワイヤ川はグリーンファイナンスに関するイギリスの先端的な国家的パイロットプロジェクトと位置づけられています。 環境庁(Environment Agency)や上下水道会社、再保険会社、大きな環境財団、NPOなど、様々な連携により進めています。
民間融資は2つあって、1つは個人投資家です。 個人投資家も1人1,000万円ぐらいを4人の方が投資しています。 これはまだ新しいファイナンスなので一般の個人は厳しいということで、イギリスにはHNW(High Net Worth)という富裕層があるのですが、その富裕層の方に限定して投資してもらっています。 個人投資家は、自然環境のために投資すると減税措置が受けられる仕組みになっています。
投資ファンドも絡んでいます。 ただ、日本でも、通常、グリーンボンドを起債するときは、300億円とかのオーダーですが、ワイヤ川では、投資規模が小さ過ぎる。 イギリスでも普通の投資ファンドは入ってくれませんが、ここではインパクト投資ファンドが入っています。 トリオドス銀行が世界的に有名です。 インパクト投資ファンドを簡単に説明すると、普通、リスクとリターンをはかりにかけて投資判断をしますが、インパクト投資ファンドは、社会や環境に対するいいインパクトも指標に加えて投資判断を行います。
ワイヤ川のファイナンスは、いわゆるPFS / SIBで、ここがポイントです。 最近日本でも内閣府などが推進していますが、PFSとはPay For Successで、事業がうまくいったらお金を払う公共事業などの仕組みです。 SIBはSocial Impact Bondで、社会的によいインパクトのある債券、起債のことです。
ワイヤ川では、最初に寄附や投資家からの投資(債券の購入)で資金を集めます。 財団等からの助成金が63万ポンド、民間からの投資が85万ポンドです。 85万ポンドの内訳は、65万ポンドが投資銀行から、残り20万ポンドが個人からです。 投資して何年後かにリターンがありますが、その金利は6%になっています。
その資金を特別目的会社(SPV)に預け、そこから現場で実施する実施者に渡されます。 実施者は河川管理者ではなく、ワイヤ川トラストというパートナーシップ、チャリティー、NPOのような団体です。 このトラストの職員は今、15人程度なので、日本の出先事務所のようなイメージです。 実施した結果をモニタリングし、成果を報告します。 その成果(治水や生態の効果)は運営委員会が審査し、認められれば支払者がお金を払うという仕組みです。 支払者は、日本で考えると国交省などの河川管理者になるのでしょうが、ワイヤ川では、河川管理者と地元自治体に加えて、上下水道会社と公的洪水保険会社が入っているというのが面白いところです。 このPFSの仕組みは、日本でも福祉関係などで結構やっていて、最近は、前橋市の馬場川通りなど、まちづくり関係も増えています。
ワイヤ川では、幾つか面白いことをやっています。 生物多様性インパクト調整金利(図10)というのがあります。 購入者・受益者は初年度から土地リース代などベースになる部分は支払いますが、成果連動の部分は、データを取って、その成果によって支払います。 生態系サービスの効果は、治水や炭素なども含まれていますが、6年目から評価します。 金利は基本的に6%ですが、生物多様性の改善が確認された場合には1%引き下げて5%になるのが面白いところです。 うまくいくと投資家が損をする仕組みになっていて、通常のPFSでは成功したら例えば金利6%が9%などに増えるのですが、逆の仕組みです。 これは投資家達が環境に貢献したいと思っていることで成り立っています。 金利が下がって浮いた資金は、実施者に渡りさらに環境改善が進むということになります。
支払者には上下水道会社のUnited Utilityが入っています。 その理由を簡単に言うと、公共事業費のみで進めるよりも、自分がお金を出して事業を進捗させた方が得になるからです(図11)。 河川周辺の上水や下水の処理場などの施設を保全したいということです。 対策によって洪水被害が5~15%減少すると算出されたので、間をとって被害減少を10%とし、効果が120年間持続するとして試算し、経営陣が投資の判断をしたということです。
日本でも今、あり方提言を受けて、ネイチャーポジティブな川づくりを進めているところです。 流域でもグリーンインフラを活用した治水対策によってネイチャーポジティブを進めていく必要があるのですが、EBPM(Evidence Based Policy Making)を進めるうえで、効果の定量把握を、治水はもちろん、生態や水質浄化などでも行う必要があります(図12)。 イギリスがすばらしいのは、エビデンスの資料集を作っていることです。 論文を集めて分かりやすくして、それを見ながら効果を試算しています。 また、生物多様性クレジットのような仕組みも検討していくことが必要だと思います。
最後に、リーキーダムに関して、日本にもそれに似た砂防ダムがあります。 新庄河川事務所のwebサイトに掲載されていますが、砂防堰堤をずらして配置しています(図13)。 普段の流れは途切れず生物の移動を阻害しません。 大出水では土砂を受け止めるのに加えて、おそらく流域治水としても効果があると思います。 河川地形学の基本からいうと、急勾配を緩くする方法は、滝か蛇行です。 砂防ダムや治山ダムの治水機能はほとんど評価されていませんが、滝を作るということなので流域治水にも効果があると思います。 もう一つは蛇行なので、ここで紹介した言わば蛇行砂防ダムは理にかなっていると思います。 全くのアイデアですが、こういったことも考えてはどうかということを紹介して終わりたいと思います。