活動成果

   
 

 

第40回柿田川生態系研究会(2026年5月13日)  
  十勝川における湧水の意味
    北海道大学大学院教授 根岸淳二郎
 
 

私は、地形、水循環、水質などを全般的に研究しており、河川を次世代に引き継ぐために研究を行っています。
基本的には実験室よりも、野外の厳しい環境に自ら赴きデータを収集するスタイルを重視しています。
私自身、湧水には非常に強い関心を持って研究を続けておりますが、その中心とも言える柿田川を訪れたのは今回が初めてです。
本日は、私がこれまで行ってきた研究についてご紹介します。

     

まず、札幌の中心部を流れる豊平川の事例です。
人口100万から200万人規模の大都市の中心をサケが遡上するという、世界的に見ても非常に稀有な河川です。
この川では扇状地の末端付近で湧水が確認されますが、柿田川のように勢いよく流れているわけではありません。

     

冬は温かく夏は冷たい水が、川底全域から湧き出しています。
加藤先生がドローンで冬に水温を撮影するときれいな模様が広がって見えるというご説明をされましたが、それと同じで、冬場には水温差が炎のように見えます。
こうした川底からの湧水は、全国の河川に存在するものの、目視が困難なため研究がやりにくいという特徴があります。

     

ここでは典型的なアプローチをとって、湧水の起源を調べるため酸素安定同位体比を用いて解析しました。

     

結果としては、扇状地の先端部で潜り込んだ水が出るという一般的な教科書通りのモデルとは異なり、低地で降った雨がほぼ卓越していました。
その理由としては、河川環境は時代とともに変化し、現在は、河床の土砂は動きにくくなり、水の入れ替わりも少なくなったこと、また、河床低下で、周辺地域の地下水を引き込むような状態になっていることが考えられます。
都市河川では、水循環が大きく変化してしまったと考えています。

     

一方で、こうした湧水は特殊な化学的特性を持っており、窒素が含まれていることで一次生産を向上させ、河畔の生き物にまでエネルギーを届けていることも豊平川の事例で明らかにできました。

     

次に、道東を流れる札内川の事例です。ここも豊平川と同様の扇状地で、扇状地の末端からの湧水についてです。

     

ここでは30年かけて自然再生していくことが決まっています。
自然再生を進める上では、では、どこが環境として大事なのかを考える必要がありますが、私たちは、特に湧水起源の小さな支流が大事であると考えています。
直轄区間の大河川に目が向きがちですが、こうした小さな流れが非常に重要です。

     

     

札内川は、水位変動が激しく冬と夏に瀬切れが起こるような河川です。水は、河川と地下を行き来しながら流れています。

     

札内川本流とそこに流入する支流がネットワークを形成しており、この支流の一部は湧水が卓越しているというシステムです。
支流の水位は基本的に変動が少なく、札内川本流は水位変動が激しく土砂も動くという特徴があります。
支流が流入する箇所は霞堤になっていて、支流の水はそのまま本流に合流します。

     

本流の水位が変動するのに対して支流が安定的であるということは、水文学的には、柿田川と共通する湧水河川の特徴と言えます。
ただし、水温は、湧水と本流ではあまり変化がありません。
支流にはバイカモが生えています。本流には生えておらず、分かりやすい湧水環境の指標だと思います。

     

ここではサケが減少する一方、サクラマスは増加しています。
サクラマスは、河川に相当依存しています。
生活史の中で、どこを利用するのかを調べ湧水の支流と本流で比較しています。

     

産卵床を見ると、支流は高密度ですが、本流にはほとんどありません。
本流にも産卵できそうな場所はたくさんありますが、実際に産んでいるのは支流です。
その理由が右側のグラフです。
河床にマーカーとなる石を置いて、洪水を何回か経験させると、河床が安定していない場所は、その石が流失し、安定しているところは残ります。湧水支流では、多くの石が残っていて、本流に比較して非常に安定した環境だということがわかります。
生まれた後にどうなるのかを示すのが、次のグラフです。

     

当歳魚(Emergence)と越冬魚(Overwintering)に分けてサイズの分布を示していますが、どちらも、魚の密度が支流で圧倒的に高いことがわかります。

     

簡単にまとめると、産卵床は支流にたくさんあり、その結果、生産の場としては、支流のほうがいいということです。
これは物理場が安定環境にあるということが一番大きな支配要因になっていると考えています。
今後の気候変動による洪水リスクの増大を考慮すれば、こうした安定的な支流を評価し保全していくことが自然再生事業において不可欠です。

     

水生昆虫についても同様の調査を行っています。
種の多様性が、支流と本流でどう違うか、さらに形質に注目し、大きな種類かどうか、冷水性かどうかといった違いも見ているのが特徴です。

     

基本的には同じシステムなので、同じ環境と思ってもらっていいのですが、水温は支流のほうが夏場はやや低く、冬場はやや高くなります。
水温は流量依存なので、支流は外気の影響を受けるので、水温差は大きく出てはいません。

     

また、支流にはデトリタス(落ち葉等の有機物)が堆積しやすく豊富です。

     

結果的に、これらが全て反映されて、明確に異なる群集構造が形成されています。
さらに、形質を見ると、例えばデトリタスを食べるグループが支流に多いといったように、その群集が分かれている理由がある程度説明できます。
全体として見ると、底生無脊椎動物についても、種多様性の維持には、支流が重要ということになると考えています。

     

現在取り組んでいることとして、全国の湧水・名水を網羅的に測定し、水温環境の生物多様性への寄与を明らかにするための研究を進めています。
湧水河川とそれ以外の河川をグループ化し、地域ごとに環境DNAを使って調べています。

     

北海道の羊蹄山の周りにも湧水地点が多くあるので、バイカモがあり水が夏季も非常に冷たい場所や対照のために全くそういう環境ではない場所に調査地点を設定して、測定を行っているところです。
現在のところ柿田川は調査対象としていませんが、柿田川の研究の価値を高める方法としては、全国的なフレームワークの中での位置づけを示すということをすれば、今後の展開が期待できると思います。


(質疑応答)
【谷田】地下水について国内横断的な研究は大事だと思いますが、湧水として一括りにするのは難しいと感じます。地質や
    起源、フローの違いなどの多様性をどのように研究に取り込む予定ですか。
【根岸】扇状地タイプや溶岩などの地質依存のタイプなどは認識していますが、結局のところ、平野部の扇状地では人間活
    動の影響が強すぎて、純粋な湧水のシグナルを追うことが困難な場合が多いのが実情です。
    そのため、現在は地質に強く依存している山間部の湧水システムを中心に、流量やサイズを基準に置いて調査を進
    めています。
【谷田】森林土壌で涵養されているようなものは、扱っていないということですね。
【根岸】そうです。
【谷田】湧水を地質で大きく分けると、扇状地性の湧水と火山性の湧水に分けることができると思いますが、そこをどう考
    えますか。
【加藤】まさにそこが我々の議論の核心です。私は、滞留時間によって「浅い湧水」か「深い湧水」かで分けるべきだと考
    えています。
    欧米で言われる「地下水による富栄養化」は、主に浅い湧水が出る大河川の事例です。
    柿田川のような深い湧水の小河川は異なる特性を持つはずで、この視点は非常に重要です。
    まずは年代などで、地下での水岩石相互作用が長いか短いかで分けてはどうかと考えており、人為的な影響は、そ
    の次に考えなければいけないことだと思っています。
【谷田】PFAS(有機フッ素化合物)を含め、地下水の人為的な汚染も無視できない状況ですね。
【加藤】ケミカルに同定できるものはデータを積み重ねていけば解明できると考えています。
【谷田】それらが難しいのは森林土壌で、窒素リッチの地下水は、あまり調べられていません。
【加藤】森林土壌由来の地下水は、降水量や融雪との関係もあるので難しいと思います。新たなカテゴリー分けが必要でし
    ょう。
【浅枝】湧水における酸素量の影響について伺います。酸素量は産卵において非常に重要なパラメーターになりますが、産
    卵場への影響はありますか。
【根岸】環境データとしては取得しており、説明要因にはなると考えています。
    ただ、現在は最大の環境傾度として「水温」に着目し、それが生物相のフェノロジーや適正値にどう反映されるか
    を主軸に据えています。
【加藤】井戸水などは滞留時間に応じて酸素が減少しますが、地表に流出する際に回復することもあります。どこで測るか
    が重要になりますね。
【竹門】支流でのサクラマスの産卵行動についてです。
    通常、サクラマスやアマゴは表流水が河床間隙に浸透するダウンウェリングゾーンで産卵します。逆に河床から間
    隙水が湧き出すアップウェリングゾーンで産卵する行動はアジメドジョウやコイ科魚類で知られています。
    支流の湧き間でサクラマスが産卵する行動には、通常の特性とは異なる理由があるのでしょうか。
    アユも本川では通常ダウンウェリングゾーンで産卵しますが、天竜川でも湧水の湧き間で産卵する事例が見られま
    す。魚類がどんな条件下で湧き間を産卵場に選ぶのかは、大変興味深い課題です。